東京高等裁判所 昭和53年(ネ)432号 判決 1980年3月26日
控訴人 大西健雄 外一名
被控訴人 山岸才二 外一一名
主文
原判決中、控訴人らに対し、原判決添付別紙物件目録記載の土地の駐車場としての使用禁止を命じた部分(原判決主文一1)及びブロツク塀並びに門扉の設置を命じた部分(同一3)を取り消し、右部分に関する被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
控訴人らの本件控訴中その余の部分を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一ずつを被控訴人ら、控訴人らの各負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。本件訴を却下する(本案前の申立)。被控訴人らの請求を棄却する(本案についての申立)。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、次に付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する(ただし原判決六枚目表一行目に「同年六月」とあるのを「同年一〇月六日」に、同六枚目裏一行目に「共有部」とあるのを「共用部」にそれぞれ改める。)。
(主張関係)
一 控訴人ら
1 控訴人らは、保坂貴司及び橋本文子を共同譲受人として同人らに対し、昭和五一年八月一〇日所有にかかる本件マンシヨンのうちの専有部分、本件土地(庭)についての専用使用権及び本件マンシヨンの他の居住者等(被控訴人らを含む)との共有にかかる本件マンシヨンの共用部分(同マンシヨンの附属物たる本件係争にかかる門扉、門柱を含む)、本件マンシヨンの敷地の各持分を売り渡し、同月一一日その旨の所有権移転登記を経由した。
よつて控訴人らの、右譲渡にかかる物件の利用に伴う権利義務の一切は右保坂らに移転し、これに伴い控訴人らは本件訴訟の当事者適格を有しなくなつたのであり、また管理規約に基づく契約上の義務もなくなつた。
2 控訴人らの本件門扉、門柱等の改築につき、被控訴人らが同意をせず、その不同意を前提とする本訴請求は、次の理由により権利の濫用にあたる。すなわち、(1) 本件門扉、門柱及びそれに接するブロツク塀は、古くなると共に汚れが目立ちまたその一部が破損するなどし、これに面した部分に専有部分である住居を有する控訴人らの生活を不快にしていたこと、(2) 旧門扉は人通りの多い道路に面しているのに内部が丸見えになるような作りであるうえ、開き易いために押売りなどが突然入つてくることがあり、住居の平穏が保てずに不安であつたこと、(3) 旧門扉及び門柱の近くが本件マンシヨン居住者のゴミ集積場所となつていたため、犬や猫が門扉の内側にある控訴人らの庭にゴミを持ち込むので、門扉を右集積場所から離して設置する必要があつたこと、(4) 控訴人らが他に従前使用していた駐車場の貸借が解約となつたため、本件門扉等の改築にあわせて本件専用庭の一部を車置場に使う必要があつたこと、(5) 本件改築等により被控訴人ら他の居住者になんら迷惑をかけることはなく、かえつて控訴人らの費用負担において本件マンシヨンの外観は立派になつたこと、(6) 以上のとおりであるにもかかわらず本件門扉等を徹去をすることは社会経済上も多大の損失であること、(7) 被控訴人らは、本件改築をとらえて器物損壊罪にあたるとして控訴人らを告訴し、これが不起訴となるや検察審査会に審査の申立の手続をとろうとの貼り紙を出し、更に深夜に及ぶ再三のいやがらせの電話をかけてきたりし、そのため控訴人らは本件マンシヨンの居住に耐えられなくなり、前記のように売却を余儀なくされたものである。以上の事情に照らせば、本訴請求は権利の濫用にあたること明白である。
二 被控訴人
1 控訴人の右1の主張のうち、前段の事実は認め、後段は争う。
2 同2の主張は争う。
(証拠関係)<省略>
理由
一 控訴人らの本案前の申立について
控訴人らは、控訴人らは保坂貴司及び橋本文子に対し本件マンシヨンについて有する区分所有権等一切の権利を売渡し、これに伴い本件マンシヨンに関する控訴人らの権利義務の一切は右保坂らに移転したから、もはや被告たる当事者適格を有しない旨主張するが、たとえ右主張どおり売却がなされたとしても、これにより本訴請求の当否が問題となることはあるとしても、当事者適格が移転するなどして控訴人らがその適格を失ういわれはないから、右申立は失当である。
二 駐車場としての使用禁止を求める請求について
被控訴人らの右請求は、控訴人らが本件土地を駐車場として使用し又はそのおそれがあることを前提とするものであるところ、控訴人らが昭和五一年八月一〇日保坂貴司及び橋本文子に対し控訴人らの有する本件マンシヨンについての区分所有権等の一切を売渡し、その旨の登記手続を経由したことは当事者間に争いがなく、これに伴い控訴人らが肩書住居地に転居し、右保坂らが本件マンシヨンに移り住んでいることは弁論の全趣旨によつて認められる。右事実によれば、控訴人らが今後本件土地を駐車場として使用することはないことが明らかであるから、控訴人らの本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、失当といわざるをえない。
三 門扉撤去請求について
控訴人らが、昭和五〇年七月二九日従前本件土地とその南側に存する公道との境界に設けられていた唐草模様の鉄製の門扉(乙第二号証の一、第八号証の一、四がこれを撮影した写真であることは当事者間に争いがない。なお成立に争いのない乙第一号証によれば、右門扉は原判決添付図面(一)の甲付近を起点としてその右側付近にあつたことが認められる。以下右門扉を「従前の門扉」という。)を取り払い、同年一〇月六日現在の裏打とされた格子状の鉄製門扉(乙第二号証の二、三、第八号証の七、一二はこれを写した写真であることが当事者間に争いなく、前記乙第一号証によれば、右門扉は引用する原判決添付図面(一)の甲丙乙の部分に存することが認められる。以下これを「本件門扉」という。)を築造・設置したことは当事者間に争いがない。
ところで成立に争いのない甲第二ないし四号証、原審における被控訴人三竹克己(第一回)、同樋口稔、同控訴人大西政枝の各供述に弁論の全趣旨によると、ニチモプレハブ株式会社(以下「ニチモプレハブ」又は「会社」という。)が本件マンシヨン及びその敷地の共有持分等を分譲する際は統一した定型契約書(不動産売買契約書。甲第三号証はこれを用いて作られたものである。)を用いて各購入者との間に売買契約を締結したこと、本件控訴、被控訴人らも右契約書によつて右会社と分譲契約を締結したこと、右会社は右契約書の作成と共に本件マンシヨン及びその敷地、附属施設の管理使用についての区分所有者相互間の事項についての規約を定め、これを「ニチモコーポラス共同管理規約」と題して書面化し、右売買契約書の附属書類ともしたこと、しかして右契約書〔II〕細則第一三条は(管理規約の遵守)という表題のもとに「買主は共用部分の使用等については、別紙「ニチモコーポラス共同管理規約」を遵守することを確約する。」と規定され、右規約第一〇条には(共用・共有部分の現状変更又は処分)の表題のもとに「(1) 共用部分の変更は共有者全員の同意を必要とする。ただし、共用部分の改良を目的とし、かつ著しく多額の費用を要しないものは、共有者の持分の四分の三以上の多数で決することができる。(2) 以下省略」と規定されていること、以上の各事実が認められる。
そうして、従前の門扉は、控訴人らの専有部分に属しあるいは他の区分所有者の共用部分に属さないことを認めるに足る証拠はないから、専有部分に属さない建物の附属物として、いわゆる法定共用部分に当ること明らかである(建物の区分所有等に関する法律二条四項参照)。右門扉が控訴人らの居住部分ないし専用庭に面し、その出入りのため控訴人らが専らこれを使用していたとしても、門扉は単に人の出入りのためのみならず、建物・敷地と外部との境界を画し、建物ないしはこれに居住する者全員の生活の安全を保護する目的をも有するから、右一事をもつて右門扉の共用部分であることを否定するものではない。
以上の事実によると、本件マンシヨンの各区分所有者は、ニチモプレハブと売買契約を締結する際これと併せて建物の区分所有等に関する法律二三条にいう規約である前記「規約」を承認することにより、その相互間において、共有者全員(ないしは一定の事項についてはその四分の三)の同意がない以上は共用部分の現状を変更してはならない旨の不作為義務を負担したものであること明らかである。
そうして、控訴人らが従前の門扉を取り払い、本件門扉を築造したことは前記説示のとおりであり、これについて規約の定める共有者の同意を得なかつたことは弁論の全趣旨により明らかである(右築造等が右規約第一〇条(1) のただし書に該当する事項でかつ共有者の持分の四分の三以上の多数決によつてなされたとの事実も認めるに足る証拠はない。かえつて前掲証拠並びに成立に争いのない甲第五号証、乙第一号証、第三号証の一、二、第八号証の八、第一一号証、第一三、第一四号証を総合すると、控訴人らは従前の門扉の改築の承認を得るため前記規約による共同管理集会においてその承認方を求めたが、若干の賛成者はあつたものの、大方の同意は得られないまま従前の門扉の撤去と本件門扉の築造をみるに至つたことが認められ、その間に同意権の濫用があつたものと認めるに足る証拠はない。)。
そうだとすると、控訴人らは、他の共有者の承認がないかぎりは共用部分の現状を変更してはならないという他の共有者に対する規約上の不作為義務に違反して右撤去等に及び、その義務違反の結果として本件門扉が現存するのであるから、右不作為義務から派生する違反結果除去義務に基づき右各共有者に対し本件門扉を除去する義務があり、その義務は前記のように控訴人らが本件マンシヨンの区分所有権等の一切を他に譲渡したことによつて影響を受けるものではない。よつて、右共有者にして不可分債権者たる被控訴人らの本件門扉の撤去を求める本訴請求は理由がある。
控訴人らは、本件撤去請求は権利の濫用に当るとしてるる主張するが、仮にその主張するとおりの事実が認められるとしても、共用部分の変更については法自らもその共有者の意思を最大限尊重しているところであり(建物の区分所有等に関する法律一二条)、その意思に反してなされたこと明らかな本件変更においては、未だ右事実の存在をもつてしても権利濫用に当ると目するわけにはいかないから、右抗弁は採用のかぎりではない。
四 本件門扉に代る新しい門扉等の築造設置請求について
被控訴人らは、控訴人らは被控訴人らに対し前記管理規約に基づき、本件門扉の撤去あとにその主張する新しい門扉及びブロツク塀(その概要は引用する原判決添付図面(二)のとおり)を築造設置する義務があると主張するが、右管理規約を仔細に検討してもその趣旨の条項は認められない。
また被控訴人らは、本件マンシヨンの敷地の共同所有権に基づく妨害排除請求権の行使として右門扉等の築造設置を請求するが、物権的請求権は物権の内容の円満な実現が妨害されている場合にこの妨害を生ぜしめている地位にある者に対して物権者による妨害の排除を受忍することを請求しうる権利であつて、それ以上に出でるものではなく、本訴請求のごとく控訴人らの積極的な作為を求めることは許されないから、前記理由に基づく本訴請求は主張自体失当といわざるをえない。
五 以上のとおり、被控訴人らの本訴請求中本件門扉の撤去を求める部分は理由があるがその余の部分は失当として棄却すべく、原判決中これと結論を異にする部分は不当であるからその部分を取り消し、その部分についての請求を棄却することとし、本件控訴中その余の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 田中永司 宮崎啓一 岩井康惧)